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大阪高等裁判所 平成8年(ネ)1508号 判決 1997年6月13日

控訴人

株式会社岡田組

右代表者代表取締役

右訴訟代理人弁護士

浅岡建三

山下良策

瀧洋二郎

箭本賢司

被控訴人

エヌ・エルファイナンス株式会社

右代表者代表取締役

右訴訟代理人弁護士

吉野和昭

主文

一  本件控訴を棄却する。

二  控訴費用は控訴人の負担とする。

事実及び理由

第一当事者の申立て

一  控訴の趣旨

1  原判決を取り消す。

2  被控訴人の請求を棄却する。

3  訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

二  控訴の趣旨に対する答弁

主文と同旨。

第二当事者の主張

当事者双方の主張は、次に訂正、付加するほか、原判決の「事実」の第二(当事者の主張)に記載のとおりであるから、これを引用する。

一  原判決の訂正

原判決三丁表一〇行目の「同2の事実のうち、」から同裏二行目の「する。」までを「同2の事実は認める。」と訂正する。

二  当審で付加された当事者の主張

(控訴人)

1 法定地上権の抗弁(抗弁1)についての付加主張

仮に、所有者が土地及び地上建物に共同抵当権を設定した後、右建物が取り壊され、右土地上に新たに建物が建築された場合には、特段の事情のない限り、新建物のために法定地上権は成立しないと解するとしても、本件では、本件根抵当権設定当事者間において、本件根抵当権設定の当初から、近い将来旧建物が取り壊されて新建物が建築されることが予想されており、根抵当権者(ナショナルリース)においては旧建物を取り壊した場合の新建物の建築について承諾を与え、将来旧建物取壊しと再築が確実なものとして担保評価を行っている事案であり、新建物のために法定地上権を認めても根抵当権者が不測の損害を被ることはないから、根抵当権設定者の合理的意思に反するとはいえず、新建物のために法定地上権を認めるべき特段の事情が存するというべきである。

しかも、本件は、原競売手続において裁判所が法定地上権が成立するものと判断し、この裁判所の判断を前提に手続が進められ、関係当事者も執行裁判所の判断を信じて行動し、これを前提として原競売手続がいったん終了しているケースであって、その後に法定地上権の成立が否定されることとなると、関係当事者に不測の損害を与えることになるから、特別の配慮を要するものであり、法定地上権の成立が認められるべきである。

2 商事留置権の抗弁(抗弁3)

本件において、仮に本件建物につき法定地上権が成立しないとしても、控訴人は、大宝建設に対して建物建築請負代金債権を有しているから、この弁済を受けるまでは商事留置権を行使して、被控訴人に対し、本件土地の引渡しを拒むことができるというべきである。

(被控訴人)

商事留置権の抗弁(抗弁3)に対する反論

(一) 控訴人は、原審当初の口頭弁論期日において、法定地上権の成立以外の留置権その他の抗弁は主張しない旨を陳述した。

したがって、控訴人が当審において留置権の抗弁を主張することは、控訴上の禁反言や信義則に反するもので、許されない。

(二) 本件建物は控訴人の所有であるから、控訴人が本件建物に留置権を有しないことは明らかである。したがって、建物に留置権を有する反射的効果としてその敷地部分を適法に占有し得る権原は、本件においては生じる余地がない。

また、商法五二一条の「物」には不動産は含まれないから、本件土地について商事留置権は生じない。

(三) 商事留置権は、債権者が債務者との商行為によって債務者所有物の占有を得たことを要件とするが、控訴人が本件土地の占有を取得したのは、控訴人が本件建物の所有権を取得したからであり、これは債務者である大宝建設が請負代金を支払わなかったからであり、右は商行為により物の占有を得たという商事留置権の成立要件を満たすものではなく、本件土地につき商事留置権が発生する余地はない。

さらに、控訴人は、その主張する商事留置権の発生は平成四年九月八日である旨主張するが、原競売手続における担保権である本件根抵当権については平成二年一〇月二三日にその設定登記が了されているのであるから、留置権の発生時期と根抵当権についての対抗要件が具備された時期の先後関係からしても、本件根抵当権が優位に立つものであり、留置権はこの意味でも劣後し、控訴人は原競売手続における買受人である被控訴人に対抗できるものではない。

第三証拠

原審の訴訟記録中の書証及び証人等目録及び当審の訴訟記録中の書証目録記載のとおりであるから、これらを引用する。

第四当裁判所の判断

一  請求原因について

請求原因1、2の各事実は、当事者間に争いがなく、同3についての認定判断は、原判決の「理由」一2(原判決九丁表二行目ないし同裏八行目)の説示のとおりであるから、同説示を引用する。

二  抗弁1(法定地上権の成立)に対する判断

1  本件土地について本件建物のための法定地上権が成立するか否かを判断する前提となる事実等については、原判決の「理由」二の頭書及び1、2(原判決九丁裏九行目ないし同一二丁裏四行目)の説示のとおりであるから、同説示を引用する(ただし、原判決一〇丁裏八行目の「平成六年一〇月二三日」を「平成二年一〇月二三日」と訂正する。)。

2  所有者が土地及び地上建物に共同抵当権を設定した後、右建物が取り壊され、右土地上に新たに建物が建築された場合には、新建物の所有者が土地の所有者と同一であり、かつ、新建物が建築された時点での土地の抵当権者が新建物について土地の抵当権と同順位の共同抵当の設定を受けたとき等特段の事情のない限り、新建物のために法定地上権は成立しないと解するのが相当である。けだし、土地及び地上建物に共同抵当権が設定された場合、抵当権者は土地及び建物全体の担保価値を把握しているから、抵当権の設定された建物が存続する限りは当該建物のために法定地上権が成立することを許容するが、建物が取り壊されたときは土地について法定地上権の制約のない更地としての担保価値を把握しようとするのが、抵当権設定当事者の合理的意思であり、抵当権が設定されない新建物のために法定地上権の成立を認めるとすれば、抵当権者は、当初は土地全体の価値を把握していたのに、その担保価値が法定地上権の価額相当の価値だけ減少した土地の価値に限定されることになって、不測の損害を被る結果になり、抵当権設定当事者の合理的な意思に反するからである。なお、このように解すると、建物を保護するという公益的要請に反する結果となることもあり得るが、抵当権設定当事者の合理的な意思に反してまでも右公益的要請を重視すべきであるとはいえない(最高裁判所平成七年(オ)第二六一号同九年二月一四日第三小法廷判決)。

これを本件についてみると、前認定の事実によれば、大宝建設は、ナショナルリースに対し、本件土地及び旧建物に共同根抵当権を設定したものであるところ、その後、大宝建設は、旧建物を取り壊し、控訴人に建築工事を請け負わせて本件土地上に本件建物を建築させたが、本件建物につき、ナショナリルースに対して本件土地の根抵当権と同順位の根抵当権(共同根抵当権)を設定しないうちに、大宝建設が請負代金を支払えないことから請負人である控訴人が本件建物の所有権を取得したものであるから、本件建物のための法定地上権は成立しないというべきである。

3  なお、本件においては、前認定のとおり、ナショナルリースは、本件根抵当権設定の際、旧建物が近日中に取り壊され、新建物が建築されることを了解しており、また、右新建物にも旧建物と同様の根抵当権を設定することを合意していたものではあるが、このような場合、根抵当権設定当事者の合理的意思としては、新建物について土地の根抵当権と同順位の共同根抵当権が現実に設定された場合に初めて新建物のために法定地上権が成立するものと了解するというものであって、新建物についての共同根抵当権が設定される以前から予め新建物のために法定地上権を留保することが根抵当権設定当事者の合理的意思であるとは到底推定できないというべきである。本件においても、ナショナルリースは、旧建物が取り壊されて新建物が建築される場合には、本件土地の交換価値のうち法定地上権に相当する部分については新建物にも旧建物と同様の根抵当権の設定を受けることによって確保することを意図していたものであって、新建物が建築されれば新建物に根抵当権が設定されなくても新建物のために法定地上権が成立して、本件土地の交換価値のうち法定地上権に相当する部分を失う、などということをナショナルリースが覚悟していたものとは到底認められないから、本件建物について本件土地の根抵当権と同順位の共同根抵当権が現実に設定されていない本件において、本件根抵当権設定当時の前記事情の存在のみをもってしては、本件建物のために法定地上権の成立する特段の事情があると解することはできない。

なお、控訴人は、本件は、原競売手続の中で裁判所が法定地上権が成立すると判断し、この裁判所の判断を前提に手続が進められ、関係当事者も執行裁判所の判断を信じて行動し、これを前提として競売手続がいったん終了しているケースであるから、特別の配慮を要するものであり、本件については法定地上権の成立を認めるべきである旨主張するが、競売手続における執行裁判所の実体法に関する判断は、当事者間の実体法上の権利関係に何ら影響を及ぼすものでなく、関係当事者は、執行裁判所の判断を参考としながらも、自らの責任において判断する必要があるというべきであるから、原競売手続における執行裁判所の判断は、本件については法定地上権の成立が認められないとの前示の判断に変更を加えるべき特別の事情と解することはできず、控訴人の右主張は採用することができない。

4  以上によれば、抗弁1は理由がない。

三  抗弁2(権利濫用、信義則違反)に対する判断

1  前認定によれば、ナショナルリースは、本件根抵当権設定の際、旧建物が近い将来取り壊され、新建物が建築されることを了解していたものではあるが、その一方において、その場合には新建物にも旧建物と同様の根抵当権を設定することを合意していたものであり、ナショナルリースとしては、本件土地の交換価値のうち法定地上権に相当する部分については新建物にも旧建物と同様の根抵当権を設定することによって確保することを意図していたものと推認できるから、本件建物について本件土地の根抵当権と同順位の根抵当権が現実に設定されていない以上、ナショナルリースが、本件建物の所有者に対して本件建物のために法定地上権が成立しないことを主張することは当然許されるというべきであり、したがって、仮に、被控訴人がナショナルリースと同一視し得る関係にあり、また、右事情を十分に知悉していたとしても、被控訴人が本件建物のための法定地上権の成立を否定することをもって、権利の濫用もしくは信義誠実の原則に反するものと認めることはできない。

2  また、成立に争いのない≪証拠省略≫及び弁論の全趣旨によれば、本件土地の物件明細書には、本件土地上に法定地上権が成立する旨の記載がなされていたこと、また、被控訴人において、本件土地に根抵当権が設定され、その後競売されるに至った経緯及び右記載内容を認識していたであろうことを認めることができるが、被控訴人が、自己の責任において、右記載に示された執行裁判所の見解とは異なる見解に立ち、本件建物のための法定地上権は成立しないと判断して本件土地を競落により取得し、控訴人に対して本件建物の収去を求めたとしても、権利の濫用もしくは信義誠実の原則に反するものであるということはできない。

3  よって、抗弁2も理由がない。

四  抗弁3(商事留置権)に対する判断

商事留置権は、債権者が債務者との商行為によって債務者の所有物の占有を得たことを要件とするところ、成立に争いのない≪証拠省略≫及び弁論の全趣旨によれば、控訴人は、大宝建設との間で本件建物建築工事請負契約を締結し、建築材料の全部を提供して本件建物を完成させたが、大宝建設が右請負代金を支払うことができなかったため本件建物の所有権を原始取得した(平成四年九月八日所有権保存登記経由)ことによって、債務者である大宝建設の所有する本件土地について本件建物の敷地としての占有を得たことが認められる。

ところで、商法五二一条にいう「物」に不動産が含まれるとすることについては、立法の沿革に照らして疑問があるが、立法の沿革だけから不動産に対する商事留置権の成立を否定できないとしても、本件のような場合に商事留置権が成立するとして目的物件(本件土地)の占有者(控訴人)に正当な占有権原を認めることはできないというべきである。留置権は、債権者(留置権者)が債務者から被担保債権の弁済を得るまで目的物件を留置(占有)し得る権利にとどまるものであり、商事留置権も同様であるから、本件において、控訴人の本件土地に対する商事留置権の成立を認めることができるとしても、被控訴人の本件土地明渡請求に対しては、控訴人が請負代金債権の弁済を受けるまで本件土地を留置(占有)することができるにとどまるものであり、その限度で被控訴人の右請求が一部棄却されるにすぎない。ところが、本件で右の趣旨の判決をした場合には、大宝建設が倒産状態となって平成四年一〇月に自己破産の申立てをしている(≪証拠省略≫と原審証人Cの証言によって認められる。)から、控訴人が大宝建設から請負代金債権の弁済を受けることはおよそ期待できず、控訴人としては、右の判決を得ればかえって大宝建設から弁済を得られないことを根拠として事実上無期限に本件土地の占有を継続できることになる。そこで、民事執行法五九条四項の規定の趣旨を類推し、大宝建設の弁済と選択的に本件土地の買受人である被控訴人が控訴人の大宝建設に対する右請負代金債権を控訴人に弁済するまで本件土地を留保し得る旨の判決をすることが考えられるが、本件土地の買受人である被控訴人が本件土地の明渡しを得るためにはこれと引換えに反対給付として右請負代金の支払いをしなければならないとすれば、被控訴人としては予期しない大きな不利益を強いられることになり、不合理であるといわざるを得ない。すなわち、仮に本件土地につき商事留置権が成立したとすれば、本件土地については、ナショナルリースないし被控訴人の根抵当権と、それが対抗要件を具備した後に成立した控訴人の商事留置権とが競合することになったのであるが、このような場合には、両担保権の成立ないし対抗要件具備の順序、被担保債権の本件土地に対する牽連性の濃淡(右請負代金債権と牽連性があるのは本件建物であって、本件土地は右請負代金債権とは牽連性はほとんどない。)等からみて、商事留置権より根抵当権の保護を優先させるのが不動産担保法全体を通じての法の趣旨に沿い、公平であるというべきである。確かに、民事執行法五九条四項は、不動産留置権を、それと競合する抵当権(根抵当権)との成立時期の先後関係を問わずに、抵当権(根抵当権)より優先して保護する趣旨の規定ではあるが、同規定にいう留置権が商事留置権のすべてを無限定に含むとすれば、抵当権(根抵当権)の実行手続によって土地を取得しようとする者は、買受けによって引き受けさせられる商事留置権の被担保債権とその額を客観的に把握しなければ、安全に買い受けることができず、また、遡って、本件のような場合に、土地に抵当権(根抵当権)の設定を受けて融資する者は、その設定を受ける前に将来土地について商事留置権が生じることがあり得ること及びその被担保債権額を予測したうえでなければ、土地の客観的な交換価値を的確に評価することができず、その評価に的確に対応した融資額を決めることもできないが、このような予測、評価はほとんど不可能に近いことであり、土地を抵当に取ってする融資が右のような不正確、不確実な予測、評価に頼らざるを得ないことになれば、その融資取引は不安定で危険なものになり兼ねないというべきである。本件においては、前認定のとおり、ナショナルリースは、大宝建設から本件土地と旧建物に共同根抵当権の設定を受けて大宝建設に融資をした際、大宝建設がやがて旧建物を取り壊して新建物を建築することを計画していることは了解していたのであるが、新建物の建築が未だ現実のものとなっていないこの段階において、ナショナルリースが、新建物の請負代金額を具体的に予測し、かつ、その代金債権を担保する商事留置権が本件土地について生じてその留置権による占有権原を対抗される事態が起こることを予測して、その場合における本件土地の交換価値を評価したことは証拠を総合しても窺えず、また当時こうした予測、評価を的確になしえたことも、証拠上到底窺えないところである。更に、商事留置権は、被担保債権と目的物件との牽連性がなくても成立するため、右の請負代金債権を担保するもの以外にも、本件土地につき商事留置権が成立する可能性があるが、根抵当権設定時にナショナルリースがそのすべてを予測するようなことは不可能である。もともと、建物建築工事の請負人が取得する敷地の占有は、建物建築工事施工のために限定されたものであって、注文者が請負代金を支払わないことから、建物完成後も請負人が敷地の占有を継続するのは、商事留置権という法的根拠が仮にあるとしても、当初の目的を超えたものといえる。建物建築工事請負人がこうした商事留置権に基づく敷地の占有を抵当権者(根抵当権者)ないし抵当権(根抵当権)実行手続による買受人に対抗し得ると解さなければならないとすれば、土地抵当権(根抵当権)設定の方法による融資取引の安全、安定を著しく損うという犠牲において商事留置権を過度に手厚く保護することになるものであり、不動産担保法全体を通じての法の趣旨に照らして、右のような解釈は相当ではないというべきである。本件についても、本件土地につき控訴人に商事留置権が成立することを認めてこれに基づく占有を原競売手続による買受人である被控訴人に対抗し得ると解することはできず、控訴人の商事留置権の抗弁(抗弁3)は理由がないというべきである。

五  以上によれば、被控訴人の請求を、本件建物の収去、本件土地の明渡し及び平成七年四月四日から右明渡済みまで一か月五〇万円の割合による賃料相当損害金の支払いを求める限度で認容し、その余の部分を棄却した原判決は相当であり、本件控訴は理由がないからこれを棄却することとし、控訴費用の負担につき民事訴訟法九五条、八九条に従い、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 岨野悌介 裁判官 杉本正樹 納谷肇)

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